民謡SP音源初蔵出しシリーズ「KING MINYO FOLKWAYS」第1弾始動。田中克海、菊原清史が監修した、豪華2タイトル配信決定

キングレコードで戦前、そして戦後復興期に産み出された、幾多の民謡SP盤その膨大なライブラリーの中から、厳選された国宝級MINYOソングを紡ぎ、束ねて、全世界にマンスリーで発信する民謡SP音源初蔵出しシリーズ「KING MINYO FOLKWAYS」今シリーズ監修は、なんと今を時めく世界的ミクスチャーバンド「民謡クルセイダーズ」リーダーでギターリストの田中克海、そして音楽渉猟人(民謡及び日本音楽研究と紹介)やDJとして大活躍中の菊原清史(DJ/パラクシュ)、と草分け的存在の2名を起用
第1弾は「盆踊り唄篇」「諸国民謡巡り篇」の2タイトル、7/15(水)配信/サブスク化決定
シリーズ配信サイトリンク:https://bio.to/kingminyofolkways
KING MINYO FOLKWAYS発足によせて
「老舗レコード会社の倉庫」
好きモノにとってこれほどロマンに満ちたパワーワードがありましょうか。私、田中克海、民謡クルセイダーズ(以降 民クル)という日本民謡に関わるバンドを始めたことで、
お金を出しても決して買えない、貴重な機会を沢山いただいている稀代のラッキーボーイでありますが、
今回は特にすごい。なんと1931年創業のKING RECORDの広大なアーカイブの中から、
『民謡SP盤(78rpm)』を軸にした楽曲をまとめて一気に配信する。という最高すぎる企画のお話をいただき、
2026年1月、膨大な音源が保管されている地下倉庫に居て、高く積み上げられたSP盤を前にしています。思えば、民クルの着想の原点ともいえる音源の一つといえば、
キングレコードのトップアーティスト、江利チエミの「奴さん」(1960年発売)なのです。エゴラッピンの森さんが監修した、ジャマイカ音楽とその周辺を紹介した名オムニバス
「Rock A Shacka Vol.3Move! Babymove! 森ラッピン セレクション」に収録されたこの曲、
もとは江戸時代に歌われた端唄を、中村八大バンドが大胆にアレンジ。
トッポいコンガ入りのスィング感満点のラテン4ビートに、夜を彩るストリングス、キザなギターで綴った
「ナイトキャバレーJAZZ」とでも言える活きの良いバンドサウンドに乗って、チエミさんの気風の良い歌声が響き渡った名演です。このオムニバスの中で、スカ、カリプソ、JAZZ、R&Bなど、国とジャンルを超えて繋がれるグッドミュージックと肩を並べ、「日本民謡」が大衆音楽として同じヴァイブスを持ちながら、しっかり独自の存在感を放ち、
“今、楽しめる音楽”として納められていることに希望と勇気をもらえた瞬間でした。その後出会ったのも、民クルで最初にトライすることになるキングJAZZ民謡音源の最高峰2曲。
江利チエミの10インチ「串本節」(58年)と、1954年にしてスタイルを確立していた林伊佐緒のSP盤「真室川ブギ」。また、それ以前には「和洋折衷」という、三味線などの和楽器とアコーディオン、バイオリンといった洋楽器のアンサンブルで民謡や流行歌を演奏するミクスチャー系あり、当時のアイドル「お座敷芸者」が歌うオシャレな民謡があったかと思えば、ご当地の歌の名手が吹き込んだ珠玉のガチローカルスタイル民謡などなど。
当時の音楽産業がレコードによって大きく華開いていった情景が、音源を1曲知るごとに明らかになっていくのでした。
そして更にその向こう側には、いよいよ記録技術がなかった頃に、生活の中で現れては消えていった日々の歌があった筈です。
改めて、キングの民謡音源に出会わなければ、自分の日本音楽への想いも別のモノだったかもな、、
そんなことをボンヤリ思っているうちに、目の前のSP盤の山はさらに積み上げられていくのでした。今回、この貴重な機会をくれたのは20年以上前、民謡の”み”も知らなかった頃からの
中央線ルーツミュージック界隈の酒と音楽のマイメン、KING RECORD 奥村さん。そして自分のキャパシティを優に超えている今回の企画を奥村さんから受けた時、最初に頭に浮かび、声をかけたのがDJパラクシュさん。
堆く積まれたSP盤の山を丹念に紐解きながら、最後まで集中力を切らさず一枚一枚と向き合い、混沌とした中に道筋を示していく姿は、この倉庫ダンジョンを突き進む勇者の様です。今回のKING MINYO FOLKWAYSシリーズが、キングレコードのアーカイブのみならず、
文化資料が眠る日本中の倉庫の扉をこじ開ける起爆剤になります様に!KING MINYO FOLKWAYS。どうぞたっぷりお楽しみください。
民謡クルセイダーズ/田中克海
King初期民謡録音を巡る旅〜
倉庫に眠るSPレコードを掘り起こす
「大自然は歌っています」
かつて“民謡普及の父”と呼ばれた尺八演奏家・民謡指導者の後藤桃水氏は、その著書の冒頭にそう書き残しました。
それまで単に「うた」や「鄙唄(ひなうた)」、「俚謡(りよう)」、田舎唄、百姓唄などと色々に呼ばれていたものを、明治の末頃、全国大会を開くにあたって呼び名を統一しようと、東京神田猿楽町の道場にて考えを巡らせていた歳の頃二十五の桃水氏。
「ミンヨウ、ミンヨウ」
と聞こえてきたセミの声に咄嗟に「民謡はどうだ」と声を出し、周りも「妙案、妙案」とまとまった。
自然の歌を聞き取る人々、すなわち、種蒔きの時期を暦だけでは無く自然の音からも判断するような人々の感受性によって歌われ、育まれていったとも言える民謡。それは、遠方からでもわかる樹齢五百年の大木の迫力だったり、路上でふと目を惹く素朴な草花のような魅力も持っています。私たちは今回、キングレコードの倉庫に収集・安置されたカタログ的には一部ですが、民謡SPレコード二百枚四百曲ほどをすべて聴き、数回に分けて選曲・紹介するという願っても無い機会を頂きました。
キングレコードの民謡リリースの歩みをたどる試みは、日本の録音史を含む近代史そのものでもあり、音盤に記録されたものを、100年近い時間の経過と戦争という混乱を経た現代において掘り起こす、なかなかの難作業ともいえます。
当時の録音を聴きながら、生々しい声、熟達した演奏、意外なアレンジにも期待通り出会う事となり、倉庫に籠る興奮の上に興奮を重ねる、大変刺激的な時間をキングの担当奥村さん、民謡クルセイダーズの田中さんと共に過ごさせて頂いたのち、この度の企画を、「KING MINYO FOLKWAYS」と楽しく名付ける事も出来ました。
未だ未収蔵のSPレコード、各販売店によって添えられたという今回参照出来なかった歌詞カードなど、まだまだ新しい発見の数々が期待出来る道中です。キングレコードは現在の講談社の音楽部門として1931年(昭和6年)の創立。エジソンらによって音を録音する技術が生まれてからすでに半世紀ほどが経つものの、映画が無声映画から音のあるトーキーへとようやく移り変わる過渡期でした。SPレコードが映画や舞台のサウンドトラックとしても活躍していた時代です。
当時、100万部を超えていた講談社の看板雑誌『キング』から名をもらい、戦時中には「富士音盤」と名を変えざるを得なかった状況があったことは、正に「サウンド・フジ」の名にも継承されています。さて、当時の録音メディアであるSPレコードですが、カセットでもビニールレコードでもなく、カイガラムシ分泌の天然樹脂を主成分として作られており、重くて硬く、落とせば簡単に割れてしまうメディアです。(シェラックと呼ばれるこの原料は、現在は薬やチョコなどのコーティング剤に使われています!)
私たちが現在各地の「民謡」として認知しているものの多くは、まさにこのSP盤の時代に録音され、全国へと広まっていきました。
第一次世界大戦の一時的好景気による国内旅行や観光の盛り上がりとともに、「ご当地のもの」として民謡は注目を集め、江戸の粋を伝えるお座敷を飛び出した「うぐいす芸者」と呼ばれた歌手たちも次々とデビュー。民謡を唄い込んだ喉で、同時代の流行歌も支えていくことになります。
その後、戦争の混乱を経て、1951年にキングレコードは講談社から独立・再編されました。
多くの貴重な資料や音盤が主に戦争で散逸してしまいましたが、アナログの価値が見直されているいま、改めてSPの音を聴くと、針先からは「サー」という、原料に含まれる強度を保つために入れられた鉱物粉特有のノイズも流れますが、蓄音機から聴こえてくる歌声は驚くほど豊かで、耳だけでなく全身に響き渡る唯一無二の音響です。
私自身、今回のお話を頂く直前にフロア型の蓄音機を購入しており、その驚きを圧倒的な実感と共にお伝えする次第です。今回皆さまにご紹介する音像の数々には、時代の変転や録音時間の制約を超え、世界に響く普遍的で魅力的な日本の風土が豊富に宿っています。
SPレコードに鉄針を落とし、手廻しの蓄音機から直接と言うわけにはいきませんが、土地の旋律と歌詞をゆっくり味わいながら、自分の爺さん婆さんが歌って踊る様を想像したりと、皆さまにとっても最も親密な歴史を掘り起こすきっかけとなれば幸いです。菊原清史(DJ/パラクシュ)
Information
KING MINYO FOLKWAYS – SP街道を行く#1/盆踊り唄篇

配信サイトリンク: http://lnk.to/kmf_spkaido_1
解説:菊原清史(DJ/パラクシュ)
満月の夜に歌って踊る。
夜を照らす十五夜の月は、現代からは想像もできないほど明るく輝き、新月の暗闇との間に刻々と表情を変える天然の舞台装置でした。
盆の時期に帰って来た先祖も混ざりつつ、
手拭いや仮装の面を身につけて唄い踊り、
人々は現実と非現実の淡いに遊びます。
年に幾度とない一張羅に身を包む「ハレの日」でもあり、三日三晩は当たり前、即興の唄の掛け合いによる共感でも膨張する庶民のエネルギーに、
何度か「お上」(おかみ)によって禁止令が出されたという歴史にも頷けます。
盆踊りの源流の一つに、捨聖(すてひじり)こと一遍上人の遊行があります。
36歳で地元の伊予をスタートし、熊野経由で九州を回った後、信州の善光寺を経て佐久で踊り念仏が形となりました。
その後岩手まで北上後、当時幕府のあった鎌倉には入る事ができませんでしたが、付き従う民衆の多さに不安を感じての事だったと伝えられています。
京都ではいよいよ爆発的な人気となり、山陰山陽、故郷に戻った後兵庫で入滅。
その途方も無い移動距離と16年という時間にその影響力を推し量る事が出来るでしょう。
「南無阿弥陀仏」と唱えながら踊った名残りは、新潟の「大の坂」から沖縄の「念仏エイサー」などに今でもみられますが、
およそ750年前の出来事、
地元が踊り念仏の舞台になった歴史は、民謡を聴くようになって初めて知った色々のうちの一つです。
さて盆踊り唄篇では、主に長い前史を持ちつつも盆踊りとして伝わった民謡をまとめました。
戦前の録音もいくつか入っていますが、現代のものに比べて、癖が強くて魅力的なものばかり。
時代の流れによって、洗われる前の個性の数々をはっきりと聴き取れるのも、この時代の録音の面白さです。
成田雲竹氏の「牛方唄」には「ナニャドヤラ」という古い盆踊り唄の雰囲気を聴き取れ、歌垣という沖縄の「モーアシビー」と近い、
古代の男女の歌の掛け合いという習俗や、夜通し歌ったという脱力した雰囲気も感じました。
以後数回に分けてキングレコードの音源を紹介していく中で、我々も色々学びつつ楽しんでおりますが、
長年の歴史が詰まった土地の盆踊りの中にたくさん地域性を孕んだ民衆の声が少しづつ聴こえるようになってきました。
Tracks:
1. 会津磐梯山 Aizu Bandaisan – 石崎旭水 [福島県民謡] /1937年録音
2. 越中おわら節 Etchu Owarabushi – 米八 [富山県民謡] /1937年録音
3. 相馬盆踊 Soma Bonodori – 鈴木秀桃 [福島県民謡] / 1936年録音
4. 牛方唄 Ushikatauta – 成田雲竹 [岩手県民謡] / 1936年録音
5. 木曾節 Kisobushi – 牛山仁郎/越太重 [長野県民謡] /1951年録音
6. 新潟おけさ Niigata Okesa – 鈴木節美 [新潟県民謡] /1951年録音
7. 阿波踊り Awaodori – 新浜田小三 [徳島県民謡] / 1937年録音
8. 秋田甚句 Akita Jinku – 永沢定治 [秋田県民謡] /1952年録音
9. 秋田音頭 Akita Ondo – 永沢定治/永沢千惠子 [秋田県民謡] /1952年録音
10. 会津磐梯山 Aizu Bandaisan – 大西玉子 [福島県民謡] / 1937年録音
11. 北海よされ節 Hokkai Yosarebushi – 今井篁山 [北海道民謡] /1953年録音
12. 三階ぶし Sangaibushi – 柳家ゆめ [新潟県民謡] /1953年録音
13. 三国ぶし Mikunibushi – 米八(二代目) [福井県民謡] /1954年録音
14. 柴姥 Shibanba – 金屋由太郎 [富山県民謡] /1954年録音
15. 越中おわら節 Etchu Owarabushi – 大坪美代子 [富山県民謡] /1954年録音
16. 佐渡甚句 Sado Jinku - 松本丈一 [新潟県民謡] /1954年録音
17. 相川音頭 Aikawa Ondo - 松本丈一 [新潟県民謡] /1954年録音
18. 八丈しよめ節 Hachijo Shiyomebushi - 蘇武始 [東京都民謡] / 1957年録音
19. 十四山音頭 Jushiyama Ondo - 川崎滝雄 [愛知県民謡] / 1957年録音
20. 日光和楽踊り Nikko Waraku Odori - 斎藤京子 [栃木県民謡] / 1957年録音
21. 出雲音頭 Izumo Ondo - 黒田幸子 [島根県民謡] / 1957年録音
22. 秋田甚句 Akita Jinku - 佐藤サダエ [秋田県民謡] / 1957年録音
23. 浪曲三階節 Roukyoku Sangaibushi - 二葉百合子 [新潟県民謡] /
24. 越中小原節 Etchu Owarabushi - 三木あい子 [富山県民謡] / 1958年録音
25. 三国節 Mikunibushi - 三木あい子 [福井県民謡] /1958年録音
26. 秋田音頭 Akita Ondo - 角田正孝 [秋田県民謡] /1958年録音
27. 新北海盆唄 Shin Hokkai Bonuta - 藤田周次郎 [北海道民謡] /1958年録音
28. 深浦音頭 Fukaura Ondo - 藤田周次郎 [青森県民謡] /1959年録音
29. 八丈太鼓ばやし Hachijo Taikobayashi - 橘玉枝 [東京都民謡] /1957年録音
KING MINYO FOLKWAYS – SP街道を行く#2/諸国民謡巡り篇

配信サイトリンク: http://lnk.to/kmf_spkaido_2
解説:菊原清史(DJ/パラクシュ)
民謡全盛の時代、唄が溢れていた全国津々浦々、人々は主に徒歩で移動し、唄もまた人と共に街道を伝って各地へと広がっていきました。当時最速の交通手段であった舟の乗り手たちも、唄の伝播に大きく関わっていて、
運べる荷物に限りがある旅において、旅先での思い出話とともに、覚えた唄は「最上の土産」として大歓迎されました。伊豆諸島の島では、外から新しく入ってきた唄を毎年神社に奉納する風習もあったほどです。
「諸国民謡巡り篇」では、往時の街道を意識し、宿場町の盛り場で芸者さんたちによって育まれた唄も含めて、幅広く選曲しております。
なかでも多くを締めるのが当時の民謡の代名詞であり、全国にその名を残す「追分(おいわけ)」です。
街道の「分かれ道」を意味する追分ですが東京にも5か所ほど地図に残っています。
唄としては後藤桃水氏や、津軽民謡の父・成田雲竹氏が共に「追分道場」という看板を初期に構えておりましたし、
江差追分の名手である三浦為七郎氏による本場の唄声は特に有名で、桃水氏が主催した民謡大会でも喝采を浴びています。
「江差の春は江戸にもない」
と言われたようにニシン漁に10万人が従事した異常な濃度の中育った「追分節」、
全国に広がって当然でしょうか。
そんな「追分節」ですが源流が信州追分宿というのが江差三下りという同属の歌詞に、「碓氷峠の権化様は、わしがためには守り神」とあった事で知られましたが、わたしの地元にも近く、実家の更に山間の親沢集落に、秋田出身の芸者さんによって「追分」が伝わったとわかっております。
新潟の「高田瞽女」も戦前までこの地域を訪れておりましたし、芸人はもちろん人々の移動や定着が郷土芸能や民謡を発達させるどころか、発生にも関与している点、民衆史の面白さですし、地元の歴史を調べる醍醐味とも言えそうです。
本篇は、瞽女さんの歌唱にも匹敵する芸者衆による「大島節」に始まり、追分節の源流である「追分馬子唄」や「小諸追分」という流れから、各地の多様な民謡に追分を挟みつつ最後は三浦為七郎氏の『追分』で締めくくります。
ちなみに三浦為七郎氏は、キングレコードのスター歌手・三橋美智也氏の伯父にあたります。
後藤桃水氏や成田雲竹氏から一字を譲り受けた弟子たちも尺八の菊池淡水氏を筆頭にSP時代から活躍していきます。
1963年にキングレコードからファーストアルバムを出す高橋竹山氏は高橋定蔵の頃、雲竹氏の訪問を受け伴奏を頼まれた事によりSPレコードの時代に世に出て行きました。
竹山の竹は雲竹の竹という流れは、SPレコード時代からビニールレコード時代に変わる頃の代表的な物語の一つです。
Tracks:
1. 大島ぶし Oshimabushi – 野村ふさ [東京都民謡] / 1948年録音
2. 相馬二遍返し Soma Nihengaeshi – 鈴木秀桃 [福島県民謡] /1936年録音
3. からめ節 Karamebushi – 大西玉子 [岩手県民謡] /1937年録音
4. 玄如節 Genjobushi – 石崎旭水 [福島県民謡] /1937年録音
5. 追分馬子唄 Oiwake Magouta – 小川誠一郎 [長野県民謡] / 1955年録音
6. 正調小諸追分 Seichou Komoro Oiwake 簾田じょう [長野県民謡] /1955年録音
7. 本荘追分 Honjo Oiwake – 黒澤三市 [秋田県民謡] /1936年録音
8. 秋田甚句 Akita Jinku – 黒澤三市 [秋田県民謡] /1936年録音
9. 木曾音頭(土搗唄) Kiso Ondo(Dotsukiuta) – 牛山仁郎/大橋澄雄/越太重 [長野県民謡] / 1951年録音
10. 江差追分(上) Esashi Oiwake(Jou) – 浜田喜一 [北海道民謡] / 1951年録音
11. 越後追分 Echigo Oiwake – 鈴木節美 [新潟県民謡] / 1951年録音
12. 生保内節 Obonaibushi – 永沢定治 [秋田県民謡] / 1952年録音
13. 船方ぶし―ソーラン唄い込み― Funakatabushi-Soran Utaikomi- – 山田美津子/永沢定治 [秋田県民謡] / 1952年録音
14. どんどんぱんぱん Don Don Pan Pan – 山田美津子/永沢千惠子 [秋田県民謡] / 1953年録音
15. 久保田ぶし Kubotabushi – 山田美津子/永沢千惠子 [秋田県民謡] / 1953年録音
16. 本荘追分 Honjo Oiwake – 永沢定治 [秋田県民謡] / 1952年録音
17. 安来節(名古屋甚句入り) Yasugibushi(Nagoya Jinku Iri) – 黒田幸子 [島根県民謡] / 1953年録音
18. 関の五本松 Seki no Gohonmatsu – 黒田幸子 [島根県民謡] / 1953年録音
19. 岩室甚句 Iwamuro Jinku – 柳家ゆめ [新潟県民謡] / 1953年録音
20. 名古屋甚句 Nagoya Jinku – 川崎滝雄 [愛知県民謡] / 1954年録音
21. 五万石 Gomangoku – 川崎滝雄 [愛知県民謡] / 1954年録音
22. 新たんと節 Shin Tantobushi – 斎藤京子 [秋田県民謡] / 1954年録音
23. 山中ぶし Yamanakabushi – 米八(二代目) [石川県民謡] / 1954年録音
24. 布施谷ぶし Fusentanbushi – 山根浅吉 [富山県民謡] / 1954年録音
25. むぎや節 Mugiyabushi – 大坪美代子 [富山県民謡] / 1954年録音
26. 新津松坂 Niitsu Matsusaka – 鈴木節美 [新潟県民謡] / 1953年録音
27. 大洗甚句 Oarai Jinku – 磯の家磯次 [茨城県民謡] / 1955年録音
28. 伊予万才 Iyo Manzai – 伊予万才会有志 [愛媛県民謡] / 1955年録音
29. 追分(上) Oiwake(Jou) – 国原州月 [北海道民謡] / 1955年録音
30. 長者の山 Chouja no Yama – 伊藤藤雄 [秋田県民謡] / 1955年録音
31. 酒屋唄 Sakayauta – 伊藤藤雄 [秋田県民謡] / 1955年録音
32. 本荘追分 Honjo Oiwake – 佐藤サダエ [秋田県民謡] / 1956年録音
33. お山コ節 Oyamakobushi – 佐藤節子 [秋田県民謡] / 1956年録音
34. 秋田おばこ Akita Obako – 佐々木孝子 [秋田県民謡] / 1955年録音
35. 名古屋名物 Nagoya Meibutsu – 川崎滝雄 [愛知県民謡] / 1957年録音
36. かんちょろりん節(神長老林) Kanchororinbushi(Kanchororin) – 杉本栄夫 [福島県民謡] /1957年録音
37. 秋田荷方節 Akita Nikatabushi – 佐藤サダエ [秋田県民謡] /1957年録音
38. 稲あげ唄 Ineageuta – 近藤淡山 [宮城県民謡] /1957年録音
39. 遠島甚句 Toshima Jinku – 近藤淡山 [宮城県民謡] /1957年録音
40. 酒田甚句 Sakata Jinku – 佐藤節子 [山形県民謡] /1958年録音
41. 飴売り唄 Ameuriuta – 角田正孝 [秋田県民謡] /1958年録音
42. 江差追分(上) Esashi Oiwake(Jou) – 三浦為七郎 [北海道民謡] /1939年録音
43. 江差追分(下) Esashi Oiwake(Ge) – 三浦為七郎 [北海道民謡] /1939年録音


