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麻倉未稀スペシャル・ロング・インタビュー<Vol.2>〜筒美京平との出会い、そして『HIP CITY』誕生秘話〜

1981年にデビューし、40年以上のキャリアを持つシンガー、麻倉未稀。彼女がこれまでに残したおよそ200曲の楽曲が、ついに配信解禁となる。「ホワット・ア・フィーリング~フラッシュダンス」に代表される洋楽カヴァーだけでなく、筒美京平の書き下ろし楽曲や昨今ではシティポップの文脈で再評価されるリゾートポップまでバラエティに富んだレパートリーにあらためて驚かされるだろう。では、麻倉未稀はどのような音楽変遷を経て、数々のヒット・ナンバーを生み出すに至ったのか、そして現在までどのように音楽と向き合ってきたのか、音楽と旅のライター栗本斉を招き、生い立ちからじっくりと語ってもらったインタビューを4回に渡ってお届けする。

〜筒美京平との出会い、そして『HIP CITY』誕生秘話〜

—デビュー・アルバムから、麻倉さんは作詞もされているじゃないですか。詞や曲も作っていたのですか。

麻倉:あまりしたことはなかったんですが、「やってみたら?」って言われて。でも「私は歌うことに専念したいです」ってけっこう闘ったんですけど、「ダメだ」って言われて。だから自分から「書きたい」って言った記憶はないです。

—それは意外でした。

麻倉:こんなに素敵な詞を書いてくださる先生方がたくさんいるので、そういう先生方の作品を歌ったほうがいいって主張したんですが、却下されました(笑)。しばらく時間を削って歌詞を書いていたんですけれど、ある段階の時にさすがに歌に専念させてほしいって必死に頼みました。「お願いだから!」って減らしてもらって。だから今は絶対にやらないです。歌に専念したいですから。

—でも実際、自分の言葉で歌詞を書くと、ノンフィクションじゃなかったとしても、自分が出るわけじゃないですか。

麻倉:そうですね。他の方が書く詞とはまた違うんだろうなっていうのは、なんとなく歌っていても感じるんですけれど。でも、いろんな曲をコンサートで歌うじゃないですか。そうすると、自分の詞になると「なんでこんなに稚拙なんだろう」と思っちゃうから。やっぱり私は素敵な詞を歌いたいなって思うので、あまり自分で書かない方がいいなって。

—『SEXY ELEGANCE』の後、およそ半年後の1982年6月にセカンド・アルバム『LADY』が出ますが、すごく早いペースですね。

麻倉:そうなんです。だから詞を書いている時間がない(笑)。

—でもこのアルバムでも歌詞を書いていらっしゃいますし、何より特徴的なのが、筒美京平さんがアルバムのA面部分を手がけられています。これはどういう経緯だったのでしょうか。

麻倉:当時の担当ディレクターの方が、その時に他のアーティストの方で、京平先生とタッグを組んでいたんだと思います。それで、「京平先生も、麻倉さんだったらっておっしゃってくださっているけどどう?」って。それで、そんな素晴らしい先生に書いていただけるならお願いしようと。先生のオフィスに伺って直々にレッスンをしてくださいました。「君の声だったらこっちのほうがいいね」って、その場でフレーズを変えてくださるなど、やっぱりすごいなって。私の歌の度量っていうのもあるんですけれど、「ここではこの声質を生かそう」とか、実際に歌ってみないとわからないからって、「こういう感じで歌ってくれる?」っていわれて歌うと、「やっぱりこれはここの音に戻そう」とか、先生がちゃんと作り直してくださるんです。それは初めてのことだったので、すごく感動しました。

—1982年頃の筒美京平さんというと、超売れっ子で一番お忙しい時期ですよね。

麻倉:そうなんですよ。でもすごく長く時間を取ってくださいました。おまけにキャンディやらケーキやら買ってきてくださっていたんですよ。「君が来るからね」って言って。

—あんみつもそうだったけれど、スイーツに釣られやすいんですね(笑)。でもいいお話ですね。

麻倉:そうですよね。あんなにゆっくりと作家の方と接するってなかなかないですから。レコーディングに入っちゃうと、あまり時間も取れないですし。最初の大野さんに関しては、やっぱりデビュー曲っていうこともあったので、しっかりと付き合ってくださいましたがその後はそんなに作家の方と接する機会が少なかったので、京平先生がレッスンに付き合ってくださっていたっていうのは、非常にありがたかったなって思います。

—アルバムでは5曲も筒美京平さんが曲を書かれていますよね。

麻倉:はい。またどれも素敵な曲なんですよね。レコード会社としても相当力を入れていたと思います。

—この『LADY』ではご自身で作詞だけでなく作曲もされていますが、このアルバムのために作ったんですか。それともそれまでにストックみたいなのがあったのでしょうか。

麻倉:曲ができてくると、最後のほうでこんな曲が足りないなっていうところを、私が足して作ったというような感じですよね。

—なるほど。それにしてもすごいタイトルですよね。「やさしく誘惑(ころ)して」。

麻倉:ねえ(笑)。よくそんなタイトルをつけたなと。今じゃ絶対つけないです。

—やはり、大人っぽい路線はしっかりと打ち出したかったんですね。

麻倉:そうですね。筒美京平先生もその路線に関しては「他にあまりいないからすごくいいんじゃないか」っていう風におっしゃってくださっていて。ただ、「女嫌い」のような結構ハードな曲が多くて、「あれ?私の性格をよくご存じだな」っていう(笑)。

—歌詞も面白いですよね。

麻倉:竜真知子先生がたくさん書いてくださいました。「ミスティ・トワイライト」からずっとご一緒させて頂いていますから。竜さんの詞ってやっぱりすごく女性的なんですけれど、その当時流行っていたのは「強い女性」みたいな感じだったので、そこはすごくちゃんとスポッとはまったんじゃないかなっていうのはあります。

—おしゃれ感みたいなところを意識していた感じもありますね。「あなただけJe t’aime」の “ジュテーム”っていうフランス語とか。

麻倉:竜さん自身すごくおしゃれでしたし、そこは意識していたんだと思います。

—また半年後の1982年12月に、3枚目のアルバム『SNOW BIRD』が発表されます。こちらにも筒美京平さんの曲が4曲入っています。『LADY』の路線を踏襲していると思うのですが、この頃の作品を聴き返すことってあるんですか?


麻倉:いや、この頃のアルバムは、実はレコード盤しか持ってないんです、私。だから聴けなくて……。『LADY』に収録されている、いわさきゆうこさんが作ってくださった「黒いパンプス」という曲があって、オリジナルの瀬尾一三さんのアレンジもすごく素敵なんですけれど、たまにタンゴ調にアレンジして歌っているんですね。以前、「秋のイメージの曲はないですか」と聞かれた時に、その曲がぴったりだと思ったんですけれど、レコードしか無くて「どんな曲だったっけ」って細かいところが思い出せなくて。それで、キングレコードさんにお願いして、CD-Rにコピーしてもらった記憶があります。たしかその後でCDが再発されたんですよね。

—へええ、そうなんですね。それにしても、この『SNOW BIRD』の当時は、とにかくレコ―デングばかりしていたんじゃないですか。

麻倉:そうなんです、とにかく、レコーディングばかりでした。もう少し後のことですけれど、一時期はオリジナル・アルバムにプラスして企画盤もリリースしていたから、年に3回くらいはアルバムのレコーディング。しかもコンサートツアーを回って、帰ってきたらすぐスタジオに入る、みたいな感じでした。

—想像するだけで大変そうです……。

麻倉:「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」がヒットする少し前くらいからは、ほとんどお家に帰れないっていう状況がずっと続いていましたから。今みたいに新幹線も遅くまであるわけではないので、泊まりがすごく多かったですね。

—コンサート自体はいつ頃からやり始めたのですか。

麻倉:ツアーを組み始めたのが、多分「ホワット・ア・フィーリング」を出した後くらいですね。

—じゃあ、ずいぶん後なんですね。

麻倉:それまではいろんな方のライヴにゲストで出させてもらったり、学園祭だったりっていうのが多くて。実際に「ホワット・ア・フィーリング」を出してから、じゃあツアーをやってみましょうっていってツアーを組み始めましたね。

—そうなんですね。『SNOW BIRD』からまた半年後の1983年6月に、4枚目のアルバム『HIP CITY』がリリースされます。ここからちょっと路線が変わった感じがしますね。

麻倉:そうなんです。

—今でいうシティポップな感覚の作品ですね。作家さんも大貫妙子さんとか、加藤和彦さんを起用されていて。この路線変更は狙っていたのでしょうか。

麻倉:そうですね。もう少しポップな感じがいいんじゃないかっていう話になって、清水信之さんにプロデュースをしていただいたっていうこともあって、こういう路線になったんです。一度こういう感じのポップなことをやってみたいと思っていたんです。でもこの路線が決まったら、今度は私が歌詞を書くことになってしまって、ここでまた喧嘩するんです(笑)。

—あれだけ嫌だって言っていたのに(笑)。

麻倉:全曲になっちゃいましたね。嫌だって言いすぎちゃったから(笑)。

—歌詞を書くことは、清水さんからのリクエストだったんですか。

麻倉:いえいえ、逆に私は清水さんが手掛けていらっしゃったEPOさんとかに書いてもらいたかったんですけれど、事務所とレコード会社の方針で、「全部本人に書かせよう」みたいなことになってしまいました。清水さんからは「すごく歌を練習してね」って言われたのですが、「すごく練習したいですよー」っていうやり取りをしていたことを覚えています。

—このアルバムは、今の感覚で聴くには結構ジャストかもしれない。

麻倉:ああ、そうかもしれないですね。

—それまでのその大人っぽい雰囲気とはまたちょっと違う、キラキラしたポップな感覚がとても新鮮です。

麻倉:それはありますね。そういったポップな方向性に持っていきたいなっていうのは、多分この辺りからかもしれない。少し後ですけれど、番組の企画でニューカレドニアに行ったことがあって、「あ、私はこっちだ、海なんだ」って自分なりに納得たんです。

—それまではどちらかというと、都会の夜みたいなイメージだったのが、夏のリゾートに行っちゃったというか。

麻倉:そうそう、全然違う。多分『SNOW BIRD』のあたりから、そういうことを思い始めていたんでしょうね。今まですごく大人っぽい世界を歌ってきたんだけれども、なんとなく私自身の中でうまくかみ合ってないところがあって。まだ若かったから、年齢と自分の歌っている曲にギャップがある気がずっとしていました。でも、いい曲がたくさんあるし、それはそれですごく歌いたいんだけれど、私の中での精神的ものというか、うまくはまってなかったっていうのはあったかなって。だからそのことにすごく悩んでいた時期がありましたね。20代、30代、40代くらいまで、なんか違うのよねっていう感覚は、実を言うとずっとあったんですよ。

—じゃあ悩みながら歌っていたと。じゃあ、この『HIP CITY』は、やっと自分の歌が歌えるという感覚だったんですか。

麻倉:そういう感じはしていました。元気なイメージというか、自分が発揮できるなっていうような雰囲気になりましたね。お酒が似合う世界ではなく(笑)。お酒を飲んでてもトロピカルカクテルみたいな。その方が私らしいのかなっていうのはありましたね。

—なるほど。でも、路線変更を試みたこのアルバムの直後に、シングル「ホワット・ア・フィーリング~フラッシュダンス」が出るんですよね。1か月後の1983年7月。

麻倉:『HIP CITY』をリリースしたからっていうことではないんですけれど、音楽出版社の日音の方が、「麻倉さんってこういうイメージなんじゃないかな」って思ってくださっていたみたいなんです。それで、「『フラッシュダンス』っていう映画があって、その中の「ホワット・ア・フィーリング」っていう曲が、麻倉さんに合うんじゃないですか」っていうお話を持ってきてくださったんです。でも「いやいや、そんなすごい曲、私には歌えません」って。実は一度断っているんですよ。

Vol.3に続く


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麻倉未稀プロフィール

1981年、CMソング「ミスティ・トワイライト」でデビュー。伝説のTVドラマ「スクール・ウォーズ」「スチュワーデス物語」 の主題歌「HERO」「What a feeling~FLASH DANCE」はいまだに強烈な印象を残す。
ジャンルを超えたその類まれな歌唱力は折り紙つきで、実力派歌手が苦手とする、カラオケマシーンによる採点で勝負を決める「カラオケ★バトル芸能界NO1決定戦」(TV東京)で見事優勝し、カラオケマシーンさえも太鼓判を押す歌唱力!と喝采を浴びる。現在は、歌の活動のみならず、ミュージカル等の舞台や、旅番組のレポーターとしても活躍。2017年にTBSテレビ「名医のTHE太鼓判!」にて乳がんが発覚。全摘手術を受けるも奇跡的な回復にて、術後3週間でステージに復帰。その後も精力的に音楽活動を続ける。更に2018年には地元の藤沢にて「ピンクリボンふじさわ」を立ち上げる。その他「ピンクリボンウォーク」、「ピンクリボンシンポジウム」など乳がん検診の啓発運動にも積極的に参加し続けている。

栗本斉プロフィール

音楽と旅のライター、選曲家。1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪し、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』(毎日コミュニケーションズ)、『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『喫茶ロック』(ソニー・マガジンズ)、『Light Mellow 和モノ Special』(ラトルズ)などがある。2022年2月に上梓した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が話題を呼び、各種メディアにも出演している

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