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庵野秀明監督を知るために全力を尽くした555日 岩崎 琢インタビュー (完全版)

2023.04.06

音楽を目指したのは・・・

僕は子供の頃から比較的音楽に触れてきたほうだと思っています。小学生の途中まで音楽教室に通っていました。高校生の頃になるとシンセサイザーや録音機材が一般にも手に入れられるようになって、それまで演奏するだけだった音楽を録音して完成させるまでできるようになったので、大人になったら音楽のお仕事をできるといいなと思いはじめました。作曲家を目指したのは高校生の頃だったと思います。作曲家を目指すからには本気で勉強しなくてはならないと思いまして、作曲を本気で学ぶにはやはり藝大(東京藝術大学)と考え、作曲科を受験しました。藝大では基礎から徹底して勉強し、現代音楽を追求していました。音楽を作るにはいろいろなやり方があって、理論がわからなくともいい音楽を作ることはできると思いますが、僕はこのときに手に入れた知識がプロの作曲家として活動していくにあたって大変役立っています。学びは大切だと思っています。芸術祭のコンクールに応募して賞を頂いたり、現代音楽のコンクールに入選したりしていましたけど、その頃は歌謡曲などのアレンジ(編曲)がしたいと思っていました。なので、藝大卒業後はバンド活動をしたりして、これまでの西洋音楽の勉強とは違ったこともやりはじめました。映画音楽を作曲したいと思うようになったのはもっと後のことだったと思います。

依頼が来たときは・・・

依頼をいただいたときは本当に驚きました。庵野秀明監督とはまったく接点がないだろうと思っていましたし、ヒーロー映画は自分の音楽とはまったく接点のないジャンルだと感じていました。子供時代はピアノからはじまって音楽漬けだったので、子供番組にあまり触れてこなかったのです。僕の子供時代のヒーローものと言えば『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年)あたりです。偶然にも『シン・仮面ライダー』と同じ原作者、石ノ森章太郎さんの作品ですが、当時は原作者が誰とかあまり詳しいことはわからないで観ていました。まだ映画音楽を作曲したいと思っていた時代ではなかったので作曲家に注目することもありませんでした。ただ子供として子供番組を無邪気に観ていた時代です。実は石ノ森章太郎さんの作品は担当したことがありまして。『009-1』(2006年)はアニメシリーズでしたので実写特撮ものとして初めて作曲したのが、この『シン・仮面ライダー』です。

作曲作業はどのように・・・

映画音楽の打ち合わせでは必要な音楽をリスト化した文字メニューが作られることが多いのですが、今回は最初のデモをフリーハンドで提出した後、まずラッシュ(映像)データを見るところから具体的な作業がはじまりました。庵野監督は僕が作曲した『ヨルムンガンド』(2012年)の音楽を気に入ってくださって、仮映像にその既存曲を入れた状態になっており、随時そのラッシュが進捗するのを確認しながら作曲を進めました。僕が目指している映画音楽は映像をサポートし、相乗効果で観客の琴線に触れるような音楽です。そのためには監督が求めているものを的確に把握し、それに自分らしさといいますか、その時代の自分の音楽を作り上げていく、そういう作業をずっと行ってきました。今回はそのセオリーがまったく通じませんでした。今だから答えられるのですが、普通、いわゆる「監督」からは自分の求めている音楽を具体的に指示される場合が多いのですが、今回は、仮映像に自分が作曲した過去曲が当てはめてあるのは、庵野監督がこの通りに作曲してほしいというサンプルではなく、あくまで指針であって、そこからどういったものが考えられるか何パターンも曲として描き出して、それを取捨選択する目的だったのです。ここから1年半にも及ぶ庵野監督とのトライアル&エラーがはじまりました。

実際の工程はどのように・・・

映画音楽を作る作業はクライアントの意向や様々な都合を考慮し、その上で他者とは違う音楽を提示する。それが自分の役割で、だから都合に合わせるということに於いて仕事として対価が発生する。僕は、映画音楽は作曲ができるという理由のみで対価を得ているわけではないと思っています。指示ではなく指針の提示によるやりとりはとても刺激的でした。何度もトライアルを繰り返しているときに、監督はピアノとギターが好きな傾向にあると聞いて、子供の頃にヒーローに触れてこなかった、これまでのヒーロー像を学習してこなかった僕が、ある意味初めて触れるヒーロー映画の映像に自分が感じた音楽を付ける、ではなく、監督が子供の頃に好きだった、監督の頭の中で鳴っている音楽を具現化する作業に徹することにしたのも、もしかしたら監督の意図だったのかもしれません。

「レッツゴー!!ライダーキック」のアレンジは・・・

映画に使われているのは3シーンで、1年以上前からトライアルを繰り返しました。当初はメロディーをそのまま踏襲し、印象的な管楽器等をオリジナルのまま残して、リズムは新しく置き換えてと、ある意味、映画のテーマでもある“継承”することで、割とストレートなアレンジをしていたのですが、監督から「もっと大胆に」「もっと振り幅があっていい」の要望がありました。確かにこの方法だと音符を置き換えていくだけで作業的には“継承”していても、意志を“継承”することはできなかったと思います。それを受けて、原曲イメージとはかけ離れた風合いを目指し、初代『仮面ライダー』の、時代とともにあった、主旋律メロディーの強さや、牧歌的な印象をどうにかリクエストのように仕立てる作業を進めました。もともとは歌曲なので本来は歌手が歌っているイメージを作品内の音楽にどう落とし込んでいくか。主題歌であること、主人公が活躍するシーンに象徴的にかかること、それらを考え自分なりのヒーローアレンジを行いました。結果的に、もっと圧のある、もっと変わったアレンジのバージョンも制作し、およそ2パターンのアレンジとなりました。

劇伴のやりとりは・・・

シーンによって様々な提案もしました。これまでの劇伴制作だと、テーマ、悪の音楽、平和、悲しみ、などのモチーフを作り、そのバリエーションで組み立てていくことも多いのですが、今回は結果的に細かくシーンに合わせたため、ほぼ全曲異なるようなイメージで、ただし最後の最後になってバリエーション的なもののオーダーが来たりしました。こういったことをすると、もう生活のほとんどが『シン・仮面ライダー』作曲に充てることになって、もともとインドア派ですが、近所に出かけるようなこともせず、ずっと作曲作業を続けている状態でした。それに庵野監督の仕事への姿勢には共感する部分が多々ありました。僕も割とそうなので自分で自分を追い込んだのもいけないのですが、僕の仕事はとことん庵野さんに翻弄されることだと認識しました(笑)。いや自分で好き好んで追い込んだのですけどね。

自宅作業について

ほとんどは自宅での作曲作業で輪郭を作り上げて、それを完成形に近づけていきました。一部の音楽には民族楽器も使用しました。初代『仮面ライダー』の怪奇色を今へ継承するため、不安定な音程の電子楽器テルミンを使用したものもあります。初代の時代は生楽器で演奏することがほとんどでした。その後、シンセサイザーが登場して音楽も変わっていきました。演奏がコンピューター制御できるようになって制作過程で自分のイメージしている音楽を電子楽器が具現化をより的確にしました。所謂サンプラーが出てきてから楽器の音を置き換えることができるようになって、でもやはり生の楽器の音とは違うとなって、さらにクオリティーが上がって。でもね、僕は生楽器が好きなのです。最初は自分の思った通りに演奏がコントロールできるのがベストだと感じていたのですが、あるとき気付いたのです。自分が閉じていることに、閉じている自分がつまらないことに。生楽器を演奏する人の感性が閉じている自分を開いてくれます。

具体的な音色、参加ミュージシャンなどについて

グレゴリオ聖歌風音楽(DISCⅠ 09)でヴァイオリンを弾きコーラスもしてくれているのが太田惠資さん。ヴァイオリニストで民族音楽にも造詣が深く日本に二人といないようなタイプの演奏家です。福岡ユタカさん(DISCⅠ 22、DISCⅡ 04)は、監督が参考引用トラックで使用していた曲にも参加されており、そのままご本人に歌唱をお願いしました。基本引きこもりの僕が変化していくのは、彼らのような演奏家の方々から受け取る波動みたいなもの、生身の力といいますか、魂の叫びといいますか、そういったものなのです。玉座が壊されるシーン(DISCⅡ 03)は、そのシーンに登場するイチローの衣装からイメージを触発され、韓国のダブルリード楽器テピョンソを使用し、異質な印象を目指しています。

オーケストラ部分の録音はスタジオ収録ではなくホール(稲城市立iプラザホール)で録音しました。ホールで録音するとスタジオで録音するより音が豊かになるので。ただ、大きいホールで如何にもオーケストラです!という音だと等身大のヒーローである仮面ライダーには過剰になるだろうと思っていたので、今回は中規模のホールで録音したほうがいいかも?と考えました。監督は映画の音全体をあまり後ろや左右に拡げすぎない方針と聞いたこともあって、映画ではフロントLRを中心に台詞やSEとの兼ね合いを考えながら5.1chミックスを行っていきました。その後シーンの必要に応じて、さらに調整を重ねた楽曲もあります。CDでは映画よりも低音域を豊かにしてオーケストラ感を高めています。僕の音楽は低音域が多めなのですが、CDは映画と違ってステレオ音源ですから、印象が異なるかもしれません。約2時間の映画ですが、テレビシリーズ1クールより贅沢な作り方をしたように感じています。

他の案件との違い

これまでの劇伴音楽制作とは大きく違った作業でした。度重なるリクエストに対応し、当初とは異なるシーンへ使われることになった音楽もありました。さらにそれを映像に合わせるため調整を重ねるなど、映像が進捗するたびに、より細かいセッションのようなやりとりが発生しました。これまでの仕事のやり方とは大きく違い、思いもしなかった作業状況になったシーンもあります。振り返ると、自分自身も、“仮面ライダー”という存在と“シンクロ”し、もしかして“変身”したところがあったのかもしれません――狙いすぎですかね?一度言ってみたかったのです。僕の頭の中になかった言葉なので。庵野監督と出会って、僕にはなかった様々なものがインプットされて、僕が作る音楽も大きく変わったような気がしています。だからこそ今回の総括として今まで言わなかった言葉を発してみたかったのです。それほど庵野秀明という人間は周りに影響する存在なのだと思います。僕の中の感情の変化が、今までになかった他の案件との大きな違いです。

シン・仮面ライダーとは

西洋音楽の歴史は宮廷音楽や教会音楽から始まります。権力のお抱えで音楽を作曲し、主に朝食や晩餐会で演奏していました。フランス革命で王政が瓦解していく中、作曲家や演奏家は宮廷から外に出るしかありませんでした。外に出て一般大衆に向かうとき、音楽は思想が必要と言い出したのはベートーヴェンです。音楽も個人の内なる魂の叫びでなくてはならない。それが本来の音楽の姿であると。音楽は思想を得ることで芸術となって持続していき現代まで継がれてきました。こういった歴史を紐解いて学習して背景を知ることで音楽を知る。芸術は得てしてこういうものです。音楽だけでなく絵画や彫刻も思想や背景を知ることで心に刻まれます。

しかし内なる魂の叫びが必要ならば、僕がやっている映画音楽に思想はないのかもしれません。なぜなら映画音楽は映画を補助する役割のために作られた音楽だから。単独の思想は持ち合わせていないから。映画に思想があり、それをなぞることはあっても、異なるものは持たないから。僕らは主にベートーヴェン以降の音楽を勉強し、多くの影響を受けて今に至っています。思想がある音楽に影響を受けているのに、作っている映画音楽には思想がない。ここに僕はある種の倒錯が起きると思っています。

僕が受け取った庵野監督の『シン・仮面ライダー』はそういう映画でした。思想と背景を知ることによって観る者に異なった印象を与える。だからこそ僕は、自分の思想と背景が庵野監督と異なっていることがわかっていたからこそ、監督の頭の中の思想と背景をより知りたくなったこと。今回は、庵野監督の頭の中で鳴っているであろう音楽を徹底して具現化できるよう努めました。

岩崎 琢は何を求めているのか

結局、背景に影響されない音楽、誰もが自由に受け取れる音楽を作り出すために、僕は東京藝大に入り音楽の背景を学習しました。ただその世界だけに染まりたくないと藝大時代からクラシックだけでなく電子楽器やバンド活動、それも学習のためだったのかもしれません。音楽を作りたいなら現代音楽の世界でもよかったのではないかとも思います。でも僕には窮屈だったかもしれません。当時、映像作家である今の姿が見えていたわけでも目指していたわけでもありません。今回の監督とのやりとりも今後の僕のための学習であり、背景の呪縛からは逃れられないのかもしれません。それでも僕は、作曲家として今の時代の音楽を作り、変化しながら未来へ続いていきたいと思っています。

音楽は受け手が自由に受け取るべきものだと思っています。とは言いながら音楽の理解を突き詰めていくと結局、クラシックなどの、過去の音楽の歴史の上に成り立つ背景を学習していないと、本質が見えない場合もあります。でも僕としては、学習や事前情報ありきの音楽ではなく、作るに至った背景などに関わらず、受け手の感性にヒットする、それを一番大事にした、今の時代の音楽を生み出したいと心がけています。

岩崎 琢 プロフィール


1968年1月21日生まれ、東京都出身の作曲家/編曲家。 東京芸術大学作曲科卒業。
大学卒業後に音楽活動を開始。
99年の『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 追憶編』より本格的にアニメ作品の音楽を手掛ける。
主な作品『R.O.D』『ヨルムンガンド』『天元突破グレンラガン』『黒執事』『魔法科高校の劣等生』『文豪ストレイドッグス』の劇伴など。
@taque68

商品情報

2023年4月12日(水) 映画「シン・仮面ライダー」の音楽集が発売決定

岩崎 琢が手掛ける「シン・仮面ライダー」の世界が凝縮された珠玉のアルバム
劇中を盛り上げる多彩な楽曲を集めた2枚組CDとして発売

シン・仮面ライダー音楽集
[初回仕様] BOX付
CD2枚組
定価:¥3,520(税抜価格¥3,200)
KICA-2621~2

 

[DISCⅠ]
01/3A-DB
02/AUG I
03/N.U.T. I
04/KUA-01
05/metamorfose
06/レッツゴー!!ライダーキックdesperate ver.
07/Pain of happiness
08/Safe house
09/I.J.K.
10/AUG II
11/KOA-01
12/Bat Kick
13/レッツゴー!!ライダーキック 50th
14/At the rail yard
15/THE VEXY WOMAN
16/Cup & cooker
17/AUG Ⅲ
18/Falling velocity
19/HAA-01
20/kill the bee
21/Hand on hand
22/Oedipus’ hole
23/BAA-02
24/metamorfose Ⅱ
25/Khaan
26/N.U.T.Ⅱ
27/Blow it
28/Red scarf

[DISCⅡ]
01/Bajra
02/レッツゴー!!ライダーキックDouble Kick ver.
03/nong-ak
04/Oedipus CHA-01
05/ENERGY
06/perdão
07/sucessão
08/Where you go ver.J

[ボーナストラック]
09/Where you go ver.K
10/Where you go End Roll ver.
11/頻発する怪事件 シン・仮面ライダー Movie size(M-23A)
12/孤高の魂 シン・仮面ライダー Movie size(M-25)
13/前哨戦 シン・仮面ライダー Movie size(M-17) モノラル収録
14/レッツゴー!!ライダーキック
15/ロンリー仮面ライダー
16/かえってくるライダー

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