プログレを聴こう~KENSO探求紀行~Vol.12

KENSO『天鵞絨症綺譚』(2002年)清水義央によるセルフライナーノーツ

テレビ等でよく“リベンジ”という言葉を耳にする。
私が認識している“リベンジ”の意味は“復讐”あるいは“雪辱”。

萩原朔太郎の代表作のひとつ『公園の椅子』の一節 “さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり”の「復讐」はまさにリベンジ(revenge)であろう。

東京ディズニーランドでミッキーマウスの耳をつけた女性が「この前来た時は雨が降っちゃってパレードも中止になったんでエ、今日はリベンジなんですウ」と宣うのは果たして正しい用法だろうか?
言うまでもなく「復讐」の意味は「かたきを討つこと」であり「雪辱」のそれは「勝負などに負けて受けた恥辱を、次に勝つことによって雪ぐこと」である。もちろん言葉の意味というものは時代とともに変わっていくものではあるが、66歳の爺いには気になる日本語の使い方だ。

閑話休題。

『天鵞絨症綺譚』の制作に入った時の私には、幾分リベンジの気持ちがあったかもしれない。前作『エソプトロン(esoptron)』を一部で酷評されたこと、私自身の精神状態が幾分ハイであったため、それまで常に自分に課していた曲作りのハードルを下げてしまったこと~別にそれは“恥”ではないが~を、「雪ぐ」(身に受けた汚名などを晴らし、名誉挽回するという意味)意識が確かにあったと記憶している。

本アルバムの曲作り期間の様々な追い風の存在について簡単に記す。
ひとつは、Los Angelsで開催されたプログレのロックフェス“Progfest2000”で海外の聴衆からスタンディングオベーションを受けたこと。このエキサイティングな体験は大きな自信になり、創作意欲を掻き立ててくれた。また、当時のマネジャーだった現ミュージックプラント主宰の野崎洋子さんが没頭していたアイリッシュ・ミュージックをた~くさん紹介してもらい、それに刺激されたこと。それに加え、一度行ってみたいと思っていたバリ島に行き(それから毎年のように訪問するようになった)ガムラン音楽に直接触れたことやフラメンコ・カンテの川島桂子さんと出会ったことが、私を民族音楽の深淵に招き入れた。そして私の精神状態は、ほんの少しハイな感じを残しつつも自己を批判的に見つめることもできるという、創作に最適な時期だった。

1曲目、小口健一作曲の「精武門」。“ロックなKENSO”を代表する曲で、彼らしいリズムの仕掛けが多く含まれている。近年のライブではアンコールで演奏することが多く、聴衆がスタンディングで乗りまくっている(のを見るのが楽しい)。冒頭のギターリフはLED ZEPPELINの「胸いっぱいの愛を」を意識し、スタジオにあった小さなフェンダーのアンプのリバーブユニットなどをギターテックの志村さんが現場で色々といじって作ってくれたサウンドで演奏した。

「禁油断者マドリガル」は自分の作った曲の中でもお気に入りの一曲。繊細かつシャープな村石雅行くんのドラミングが白眉である。この曲と「木馬哀感」は上述のアイリッシュ・ミュージックからの影響が大きい曲だ。

そして、本アルバムには私の大好きな名曲がふたつ収録されている。ひとつは小口健一作「Tjandi Bentar」もうひとつは光田健一作「Echi dal Foro Romano」。バリ島のガムランを見事なまでにロックと融合させた前者、オーケストラのシンフォニーを作れる人間が作った本物のシンフォニック・ロックの後者。いずれも本当に個性的で素晴らしい。
私同様バリ島でガムランの演奏上の手ほどきを受けた小口くんは、その体験を彼の独創的なアプローチでロックへと昇華させた。
「Echi dal Foro Romano」は曲が内包する発展性・可能性という点でも群を抜いており、DVD『永劫の旅人』に収められた2014年ライブにおけるソプラノ歌手・半田美和子さんが体を揺らしながら実に楽しそうに歌うバージョンのほか吹奏楽バージョンなどもある。

さて、1997年だったと記憶しているが、横浜の某デパートで開催されていたフラメンコ・イベントにおいて初めて聞く川島桂子さんの声に衝撃を受けた。
「なんてカッコいい声なんだ!」
それから何度かその声に触れる機会があり、「なんとかKENSOで歌っていただけないものか」と考えるようになった。様々な経緯を経てそれは「陰鬱な日記」のラストの痺れる歌唱に繋がった。私は今でもこの部分を聴くと「カッコいい」と呟いてしまうのです。

このアルバムには私の小品もいくつか収められている。村石君が「これまでの人生で経験したことのないリズム」と評した「韜晦序曲」。スタジオのスタッフが寝坊したため、スタジオのドアが開けられず、彼が到着するまでの時間に地下のスタジオへ降りる階段に座り、ブズーキで即興的に作った「夢想用階段」。そして、シンセに向かったらすいすいとメロディが降りてきた「隠遁者の娘」。光田くんの弾くモノフォニック・シンセが琴線に触れる「和解」

『天鵞絨症綺譚』は、三枝&村石のリズムセクションが生み出す極上のグルーヴの上に、自由なアイディアが縦横無尽に展開するアルバムと言えよう。

“esoptron complex”は払拭され、本作は21世紀KENSO進撃の狼煙となった。

「天鵞絨症」という病についての説明は、これについてはお手数でもCDのブックレットを読んでいただくしかないので御座います。


■KENSO『天鵞絨症綺譚』(2002年)
https://lnk.to/FMdBS

■プレイリスト第1弾「KENSOの前にコレを聴け」
https://lnk.to/KENSO_Playlist1
■プレイリスト第2弾 「KENSOを聴け(初心者編)」
https://lnk.to/KENSO_Playlist2
■プレイリスト第3弾「KENSOを聴け(マニア編)」
https://lnk.to/KENSO_Playlist3

■プロフィール
清水義央 Yoshihisa Shimizu (Guitar)
小口健一 Kenichi Oguchi (Keyboards)
光田健一 Kenichi Mitsuda (Keyboards)
三枝俊治 Shunji Saegusa (Bass)
小森啓資 Keisuke Komori (Drums)

1974年、リーダーの清水義央を中心にKENSOを結成。バンド名は在籍校であった神奈川県立相模原高校の略称“県相”に由来する。1980年に自主制作盤1stアルバム『KENSO』をリリースし、1985年にキングレコードのNEXUSレーベルより3rdアルバム『KENSO(Ⅲ)』でメジャー・デビュー。以降、メンバーチェンジを経ながらも長きに亘って活動を継続。ロックをベースに、クラシックやジャズ、民族音楽といった様々なジャンルの要素を採り入れた音楽性や高度な演奏テクニックによって国内外で多くの支持を集め、海外のロック・フェスティバル出演経験も持つ日本屈指のプログレッシヴ・ロック・バンド。

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