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聴く者を惹きつける作詞家・矢野亮 ~サブスクで魅力を再発見Vol.4~

3月6日は、数々のヒット曲を生んだ作詞家・矢野亮の誕生日である。

現在のJ-POPにも通ずる”アイ・ラブ・ユー”という印象的なサビが魅力の『星影の小径』(小畑実)、洒落た描写で喫茶店での恋模様を描いた『喫茶店の片隅で』(松島詩子)、一度聴いたら忘れられない歌い出しのコミカルな大ヒットナンバー『おーい中村君』(若原一郎)など、数々のヒット曲で知られる戦後歌謡史を語る上で欠かせない作詞家の一人だ。

作詞家としての魅力を語る上で外せないのが、作詞家に至るまでのキャリアである。矢野亮の本名は三上好雄と言い、大学卒業後に大日本雄弁会社講談社の広告宣伝部に就職。講談社傘下であったキングレコードがドイツのテレフンケンレコードと契約をしたことで発足したテレフンケンレーベル(洋楽部)に出向になったことで音楽のキャリアをスタートさせ、邦楽部に移ってから音楽ディレクターとなった。ディレクターとしては、岡晴夫をキングレコード専属歌手へと導き、ヒット曲を続々と生み出す他、井口小夜子を始めとするスター歌手を手掛けるなどの実績を残している。

当時は、音楽ディレクターとして音楽制作に携わっていた訳であるが、この時から既に歌詞に対する拘りを持っていたのだという。実績ある大先生と呼ばれるような作詞家が書いた歌詞に手直しが必要だと思った場合は、簡単に歌詞の手直しを依頼する訳にもいかないため、事前にイメージを共有するためのフレーズを自身で考えてからお願いに出向き、はたまた新人作家の詩を改作・補作するといったこともあり、ディレクターという立場ながら、時代や歌手に合わせたコンセプトを打ち出し、歌詞の創作の一端を担っていたのだ。結果的に、書き直しや改作・補作に留まることはなく、作詞家にお願いできない様な革新的な歌詞などが求められた場合は、ディレクターである自身が詩を書き、”矢野亮”という名前を使ってレコードを制作していった。そして、1947年に発売となった『港に赤い灯がともる』(岡晴夫)で”矢野亮”作詞作品の最初のヒットが生まれる。その後も彼はディレクターながら”矢野亮”名義で続々とヒットを生み出し、冒頭でも触れた『星影の小径』が大ヒットしたことをきっかけに作詞を本業にすることを決意する。ただ、当時はまだ専属作家制というものがあり、作詞家や作曲家も歌手と同様にレコード会社と専属契約をしていたことから、専属作家を差し置いてディレクターがペンネームで作品を書くことに対して否定的な声があがったために一度退社することとなる。しかし、約一年後に専属作詞家としてキングレコードに戻り、作詞家としての道を歩んでいくこととなった。

矢野亮の作詞家に至るまでの道のりを簡単に紹介したが、ここからは作詞家としての魅力に迫っていきたい。本企画では、手軽に聴くことのできるサブスクリプションサービス(定額制音楽配信サービス)で配信されている楽曲を通じて、過去に発売された音源の魅力を再発見していくことをコンセプトとしている。今回はキングレコードの二大男性歌手とも呼ばれる春日八郎、三橋美智也の音源から矢野の歌詞の魅力に迫っていきたい。両名ともにデビュー間もない時から矢野亮が詞を書いた楽曲を歌唱しており、彼の手掛けた楽曲からいくつものヒットを生み出した。

まず一つ目は、従来の作詞方法に捉われない音の使い方である。音楽ディレクターから作詞家に転身した矢野亮は、先生に師事をして手解きを受けておらず、プロの作詞家としてやっていくためにも先人のやっていないことを意識的に取り入れたという。それが、促音(「っ」が入るつまった音)、濁音(にごる音)を使うということであった。それまでは、作曲家が曲を付けづらく、歌手が歌いづらい音であることから避けられてきた音であったそうだが、これを意識的に用いたというのだ。例えば、春日八郎が歌った『青い月夜だ』の1コーラス目を見ても「波止場」「どこか」「夢が」「月夜だ」と濁音が多く登場し、「待っているだろ」「甲板(デッキ)で語ろ」のフレーズには促音も濁音も登場する。濁音によって音のインパクト(アタック感)が増され、促音は音楽に乗せると跳ねる様なリズムが生まれ、効果的な役割を果たしているように感じられる。昨今のJ-POPに慣れ親しむと気にも留めない点であるが、同時期の楽曲と比較してみると、これが彼のアイデンティティであったとも言えるのだろう。

次に、歌詞に登場する情景や感情の描き方も魅力の一つであるように思う。矢野亮の詩では、”故郷を懐かしむ想い”や”別れに対する未練”といったテーマを歌の主人公の主観で描くことが多い。その主人公が見える情景や湧き出る感情を端的にわかりやすく描き、歌詞のドラマをリスナーが脳内で映像化しやすいというのが、多くの人々から共感を呼ぶ要因であり、彼の魅力であると考える。三橋美智也の大ヒット曲『リンゴ村から』では、主人公が故郷から都会へ出荷するリンゴを積み上げる中で思い出された、都会へ旅立ってから何年も便りのない幼馴染への恋心を”汽車を見送った夜の回想”、”幼き日から変わらぬ思い出の地に馳せる思い”で描くドラマに仕立てることで共感を誘う。この”共感を誘うわかりやすさ”こそが、詩人のような比喩や難しい言い回しに勝る感動を与えるのではないだろうか。

筆者なりに作詞家・矢野亮の魅力を挙げてみたが、ここでは紹介しきれない楽曲ごとの魅力もあり、楽曲を通じて矢野の歌詞と対峙することでリスナーそれぞれが感じ取れる魅力があるに違いない。今回のコラムを通じて、矢野亮の歌詞に対して興味を持っていただけたなら、プレイリスト『春日八郎・三橋美智也、矢野亮を唄う』を是非とも聴いて、魅力ある楽曲たちを堪能していただきたい。


▼プレイリスト『春日八郎・三橋美智也、矢野亮を唄う』
URL:https://lnk.to/YanoRyo_1

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