ミスターシリウス『バレンドリーム』 オフィシャル ライナーノーツ
目次(contents)
・序文 preface
■近代フランス歌曲の香り 難波弘之 1986
■奇蹟への大いなる歩み 清水義央(KENSO) 1986
■バレンドリーム制作秘話~極上Stringsを探す旅路 宮武和広 2023
・献辞 dedication
・感謝 acknowledgment
序文(preface)
全世界に『バレンドリーム』が公式配信されることとなり、無上の喜びです。
これは私にとっても特別な価値をもつものです。当時、テープコンテストでは山頂まで辿り着ける登山術は得ていましたが、音が聴けるのは審査関係者の狭い世界。
このままで音楽人生を終えることは出来ないと一念発起し、この世に「生きた証し」をなんとか残したいと強烈に願いつづけ、すべての時間と資産、経験、技術、英知のリソースを惜しみなく注いで創り上げた 人生を賭した作品集だったからです。
苦闘の末に完成したアルバム。私が愛する以上に『バレンドリーム』を愛してくださる方が、音楽界に沢山いることを知り、それは本当に幸せの極みといえるのです。
ここでは、その代表のおふたり 難波弘之さんと清水義央さん(KENSO)が、インディーズからこの作品を出したときに寄稿をくださった、貴重な文面をご紹介いたします。
おふたりとも随分以前の若々しくて尖った文章なので、エクスキューズつき掲載となりましたが、『バレンドリーム』の本質を書いてくださった貴重なライナーノートです。
近代フランス歌曲の香り 難波弘之 1986年執筆
両親が音楽家だった。
それがどうしたと言われても困る。良い環境で育ったと自慢しているわけではない。むしろ健全正常な市民生活、一般家庭から見ると大変だった。音楽家の親なんて持つもんじゃない。
おやじがジャズ(アコーディオン、ハモンド)おふくろがクラシックだった。クラシックと言っても、フランス近代歌曲専攻の声楽家(ソプラノ)である。
僕が小学校低学年の頃まではよくリサイタルをひらいていた。立川清澄やダークダックスが母のレッスンを受けにきていた。
リサイタル(たとえそれが母のものでない、他の人のコンサートでもそうだったが)たいてい夜8時頃になると眠くなった。フォーレやデュパルク、アーン、ドビュッシーを子守歌にうとうとするのは気持ちよかった。
ミスターシリウスのステージを見ていて、ふと僕は二十数年前の母のリサイタルを思い出した。
フルートの美しい調べ、ロック界広しといえども二人といないだろうと思われる珍しい存在の女性ヴォーカリスト、日本のプログレバンドには珍しいタイトなリズムセクション。
静と動、陰と陽がこんなにもくっきりと描き分けられるグループはそう沢山いないのではないだろうか。
言うまでもなく、僕は全盛期のPFMのことを言っているのである。人にはELPやUKが好きだと思われているらしいが、実は僕の一番好きなグループはPFMだ。PFMを悪く言う奴は人間ではない。
ミスターシリウスは本当にPFMしている。それでいてオリジナリティがある。総立ちしか能のない日本の金太郎アメのようなライブ・ポップ・バンドに聴かせてやっても、どうせロクな耳をもっていないからわからないだろうが、本当の音楽の美しさというのは、実は半分以上は「繊細で心踊る旋律」にある、と信じている。
今の日本のロック、ポップスシーンでは最も無視されがちな(というより奴らが無知なのだが)ひどく険しい道をミスターシリウスは選んでしまった。
仕方あるめぇ。
まぁ間違ってもメジャー・シーンに躍り出そうもないが、こういう音がないと日本の音楽シーンのために良くない。とにかくシコシコ頑張り続けて欲しい。
なんやこれ、ライナーノートちゃうがな。応援歌になってしまった。
◆難波弘之さんよりメッセージ (2023年10月)
若気の至りの文章で、今読み返すとお恥ずかしい限り(笑)ですが、当時の空気をお伝えするために、敢えて掲載を許可しました。
奇蹟への大いなる歩み 清水義央 1986年執筆
私はお世辞が言えない。音楽雑誌からプログレ関係の原稿を依頼されて、それが嫌いなバンドだったりすると最悪。別に私は文章で自分を表現しなくても良いのだから適当にホメておけば良いのだろうが、それができない。かつて日本全国数万人のエイジア・ファンを相手に戦ったときのことを思い出すと、今でも背中に冷たいものが走る。それでもお世辞が言えない。
そんな私が言う。このアルバムは傑作である。この作品には多くのジャパニーズプログレバンド(以下JPB)に欠けているセンス、知的テクニック、ストイックな姿勢の三者が溢れており、逆にJPBお得意の馴合い、怠惰、安易といったものが全く感じられない。ひとりの真摯な音楽家が精魂こめて創り上げた非常に良質な音楽だと思う。
某コンテストの表彰式で彼と出会ってから3年になる。わざわざ大阪からKENSOのLIVEを聴きに来てくれたのにも驚いたが、数日後郵送されてきたレポート用紙一冊分はあるLIVEの感想文には唖然とした。これにはなんと、その日のライヴテープから彼がコピーしたKENSOの曲の楽譜が同封されており、「ここのコード進行が素晴らしい」とか、「ここのギターは脱ハケットへの意欲が感じられる」とか詳細に書き込まれてあった。
また、その後KENSOのレコーディングに遊びに来た時、僕がデジタルディレイのタイムをたとえば170ms に設定するとディレイのディスプレイを覗きこんで「フムフムなるほど」、イコライザーの4kHzを上げると「フムフムなるほど」と次々に企業秘密を盗んでいってしまったのも印象に残っている。とにかくその熱意たるや大変なもので、「KENSOは確かにすごい。でも負けへんでぇ」という気迫のこもった眼光を見た時に思わず「大阪商人のど根性」という言葉が頭に浮かんだ。しかし実はその頃彼は反大阪体制で、大阪プログレ・シーンの“ぬるま湯”的状況への嘆き、不満が爆発しており、「なんとも古色蒼然たるスタイルに誰がプログレの名を冠したのか」と怒り、曲作りも過激さを増していく。このままではパンクプログレになって耳に安全ピンをつけたり、モヒカンヘアーにしてしまうのではないかと心配したものだったが、「プログレは良質のパロディアートである」という健全な教義に到達し、反逆のエネルギーは、この作品への構想、制作に向けられていった。めでたし、めでたし。
言うまでもなく、良質のパロディというのは対象の本質を知り得た者にしか作り出せない。ジェネシスの本質は「シネマショウ」の7/8拍子ではないし、クリムゾンの本質はホールトーンスケールや「太陽と戦慄」の5拍子ではないのだ。「そんなことわかっとるわい」とあなたは言うかもしれない。しかし7拍子パターンは「シネマショウ」、5拍子パターンは「太陽と戦慄」になってしまうJPBのなんと多いことか。例えばB面の小品「ラグリマ」。ジェネシスの表面的コピーは世に多いが、その本質に迫る為にトラディショナルなギターアンサンブルをここまで研究した例は極めて少ない。しかしプログレとは本来こうあるべき音楽なのである。単なるディスコミュージックとは違うのだ。イエス、ピンク・フロイド、PFMみんなそうだったではないか・・・
もちろん他の曲にも偏執的なまでに研究されたプログレの最も良質な部分が、彼自身のフィルターを通して散りばめられていて、メロディ、リズム、ハーモニー、サウンドエフェクトどれをとっても彼のプログレに対する畏敬の念と愛情がひしひしと伝わってくる。B級JPBに満足してしまったリスナーの人には認識を新たにして欲しいし、どこかで聴いたことのあるフレーズを繋ぎ合せたクズを自分の音楽だと考えているJPBは謙虚に一から出直して欲しい。それが日本のプログレ・シーンにとって最も重要だと思うから。
閑話休題
信じられない程素晴らしいレコードには必ず奇蹟が起きている。その奇蹟を長期間維持できたロックバンドはビートルズ、レッド・ツェッペリンぐらいしか見あたらない。あのイエスにしたって1970年前後の2〜3年にしか奇蹟は起っていないのだ。もちろん宮武君のこのアルバムが奇蹟だなどとベタホメするつもりはない。改善すべき点も多い。ただ奇蹟が起ることも知らず、それ故それを目指すこともなく、四畳半フォークと同じ視点しか持ち合わせていない多くのJPCの作品に比べれば、この作品は奇蹟に向かって大きく一歩踏み出しているといえよう。
マスターコピーのカセットテープに同封された彼の手紙にこう書いてあった。
「これからの数年はまた僕にとって
長い冬の時代です—–」
“長い冬”を経験したプログレ同志として、彼の冬の時代における蓄積と精進に期待したい。
◆清水義央さんよりメッセージ (2023年10月)
“2023年の私が若き日のライナーを読み返してみて”
20代の私、気負いがすごくて暑苦しい奴。「俺が日本のプログレ・シーンを牽引してゆくのだ」とでも思っていたのでしょうか?このライナーを書いてから約37年、ビートルズ、レッド・ツェッペリン以外にもたくさんの”奇蹟”を体験してきたことを申し添えておきます。
極上Stringsを探す旅路 宮武和広 2023年 書き下ろし~バレンドリーム制作秘話
三種の神器『ムーグ・ハモンド・メロトロン』残念ながら いずれも所有していませんでしたが、そのかわりストリングス・キーボードには格別のこだわりを持っていました。
はじまりは学生時代に愛用したYAMAHA SS-30。そこから極上のストリングスを探す孤独な深化の旅がはじまりました。新機種がでるたび、給料袋を握りしめて心斎橋三木楽器に走り、プリセットされたストリングスの音を、ただひたすら吟味する日々。
ある時は新作機種の前で完全に恍惚状態となり、後ろで待っていた外人さんがあきらめて帰ったそうですが、それが来日中のウイントンマルサリスだったという逸話も
ちょうどアルバムの構想に着手したとき、長い旅の末に遂に極上のストリングスに出会ったのです。それはキーボードそのものではなく、AKAI S612という12bitサンプラーと、たった一枚の小さなフロッピーディスクに所蔵されたストリングス音源でした。
とびきり優れたストリングスの音は、限りないイマジネーションを呼び起こしてくれます。そしてそれが深遠なコードの世界を形作り、やがて神様からのプレゼントとして、輝く美しいメロディラインを授かることが出来る。そう、かたく信じていました。
タイトルチューン「バレンドリーム」は、オープニングこそKORG POLY-6で表現したものの、その他の主要なストリングスはすべてS612。まさに音の宝ものを得ました。
お気づきの方も多いかも知れませんが、このS612ストリングスは、「バレンドリーム」以外でも、「ナイルの虹」の中核部「Bliss for a day」、公式海賊盤『インクレディブルツアー』の「レクイエム(二短調)」でも 表情豊かな独自の音世界を展開しています。
この音源に出会えなかったら、私のアルバムは凡庸なものになったに違いありません。AKAI S612を開発された方、そしてストリングス音をサンプリングされた方に、この場を借りまして、最大限の感謝を表させていただきます。
献辞(dedication)
此度の世界への配信を、わが盟友であり いまは彼の地 天上のスタジオやライブステージで活躍しているであろうふたり 大谷令文と小川文明 両氏に捧げます。
私もあと何十年かすれば『天国への階段』を昇るときがくるでしょう、その時に「なにか一枚持っていきなさい」とお許しがあれば、迷わず『バレンドリーム』を選びます。
レイブン、小川君、また一緒に「エターナルジェラシー2」を録ろう!楽しみにしています。そして、このアルバムに「プログレ魂」を吹き込んでくれて本当にありがとう。
♪大谷 令文(おおたに れいぶん、1960年3月27日- 2022年9月19日)享年62歳
大阪府立住吉高校軽音楽部の一年後輩として、律儀に先輩愛を貫いてくれました。たった二時間の練習のため新幹線往復運賃を自腹で負担し「財布にお金が残っているから、それでええやん」と豪快にいってくれた時は、心から涙が出ました。
「ここはホールズワースで」「ここはブライアンメイで」「ここはパットメセニーで」というだけでニュアンスを瞬時に理解し完璧に表現してくれる、彼とは阿吽の呼吸の仲どんな場面でも200%パフォーマンスを発揮してくれました。好みの曲をあらゆるジャンルで共有していましたから、LIVE飛入りでNeil Larsenの「Sudden Samba」に彼が瞬時に対応したのも、実は…その昔、私と一緒によく聴いていた曲だからですね。
♪小川 文明(おがわ ふみあき、1960年7月14日 – 2014年6月25日)享年53歳
テルズシンフォニアのスタジオ録音の際に、フルートパートのシンセの代わりに私を平山さんに推してくれたのがはじまり。フルート奏者として、色々なアルバムに参加するようになったきっかけを作ってくれた大恩人です。夜を徹して音楽談義をすることもあり、アカデミックな教育を受けていない私に様々な音楽知識を指南してくれたおかげで、各曲をブラッシュアップすることが出来ました、ピアノ演奏だけでなく、小川君のこのアルバムへの隠れた貢献度は、とても高いものがあります。
感謝(Acknowledgements)
『バレンドリーム』を愛してくださる方が、多方面に幅広くおられることに 深く感銘を受けるものです。音楽は、忘れがたき思い出を写す心のフィルムのようなもの。私の曲が私の手を離れ、皆様の心の中にある景色を、美しく彩っていただければ幸いです。
沢村光さん、村川大介さん、内田哲雄さん、野崎洋子さん、大関善行さん、凛綺羅さん、Progrockaddictさん、トリスタンさん、ひよりさん、奇天烈音楽士さん、判事ヴィルヘルムさん、abjohnさん、緑川とうせいさん、Houda Akiさん、故買屋さん、みんなのボジオさん、狂気じみた好事家の日常さん、老年蛇銘多親父さん、中藤正邦さん、藤岡久瑠実さん、小川多美子さん、三宅庸介さん、大木睦人さん、Alan Benjaminさん、三枝俊治さん、yffcyesheadさん、Keitou Yamadaさん、福村奏さん、月屋乃維さん、Tanaka Tomさん、和田典雅さん、大内哲さん、Takane Nishidaさん、DeanWolfeさん、木地倫弥さん、後藤寛司さん、堀江睦男さん、興梠智一さん、石井宏幸さん、岡本裕至さん、Megumi Yamauchiさん、後藤マスヒロさん、藤田正数さん、加藤正之さん、Mixi峡谷倶楽部メンバーの皆さん、難波弘之さん、清水義央さん、高山博さん、岡田淳さん、あだちまさゆきさん、平山照継さん、新井健司さん、夏目友平さん
…そして我が音楽人生の師、敬愛なるSteve Hackettさん全世界の私の音楽を愛してくださっているみなさん。
本当にありがとうございます。
またYouTube等で私のアルバムをアップされている皆様公式配信開始で削除要請がいってしまうのかもしれませんが、それぞれのスタイルで私の音楽を愛し、永く語りついてくださったことに心より深く感謝を申し上げます、今まで本当にありがとうございました。
最後に、ここ数年のCD再リリースでは、まともなライナーノートをご提供できておらず若い世代の方には、何も真実をお伝えできていませんでしたことを、お許しください。
『バレンドリーム』と『ダージ』の二編のライナーにすべてを込めました。どうぞじっくりお読みいただき、ミスターシリウスの足跡を知っていただければと思います。 深謝
宮武和広 November 2023
ミスターシリウス オフィシャルfacebook
https://www.facebook.com/MisterSirius/
ミスターシリウス『バレンドリーム』
ミスターシリウス『バレンドリーム』 1987年作品
宮武和広(flute,guitar,keyboad,bass,accordion)
大木理紗(vocal)
藤岡千尋(drums)
ゲスト:
大谷レイブン(lead guitar) “Eternal Jealousy”
小川文明 (piano solo) “Eternal Jealousy”
清水義央(lead guitar) “Barren Dream” act1